著者:六冬 和生 (著)
イラスト:
出版社:ハヤカワ文庫JA
人工衛星に搭載されたAIが悠久の時間(とき)を暇つぶししながら教師データとして移植された人格のもとに記憶を回想したり、自らを改造して疑似生命体みたいに進化していくという気の遠くなるような時間の経過が静と暗闇が支配する広大な宇宙と時間概念を感じさせてくれる作品です。
そしてもう一つのテーマ、自分で学習して進化することができるAIを搭載した機械が、気の遠くなるような長ーい時間をかけながら、進化し、宇宙空間から物質を取り込み、回路を複製しながらどんどん進化していくことってありうるの?という機械進化というテーマも見どころ。
アーサーCクラークの「200X年宇宙の旅」をもう少し現代的なコンピュータサイエンスに焦点を当てた感じの面白い作品だと思います。
人口知能を搭載した機械がどんどん学習し、自分自身を改造して進化させるというネタはSF映画であれば良く用いられているのですが、この作品の場合、その機械の自己進化の方向性が教師データとして移植された本当に生きていた人間の人格に大いに影響されているという点が面白いところだと思います。
移植されたAIの人格の持ち主である雨野透という青年の実体験に基づく真理というのが、AIを搭載した本作の主人公ということになっている人工衛星の成長のベクトルの方向を決める訳ですね。
序盤で登場する主人公となる人工衛星打ち上げから80年後に打ち上げられたアメリカの探査衛星「サーフ」と時たま会話しますが、彼女は17歳の女の子の人格を移植されたということで、メンドクサイ男ちゃまな思考回路になっているというのも分かり易い事例として見ることができるかもしれません。
で、「その真理は何か?」ということことになるのですが、本作では、主人公の恋人だった「みずは」という女性がカギになっている感じです。
彼女は重度な過食症に悩む女性で、主人公の人格の元となった雨野透の恋人。雨野に対して超がつくような依存体質で、そんな恋人である「みずは」を突き放しながらも、捨てきれられない雨野の心理というのが人工衛星に搭載されたAIが暇つぶしに自己増殖する結末に多いに関係しているという点でしょうか。
主人公が考える命というのは、欲望により輝くものというイメージ。「貪欲であればあるほど命が美しい(輝く)」という表現が文中で表現されていますが、これはまさに現代の人類のことをオマージュしているともいえなくもないですよね。
欲望によって、人類は地球上のあらゆる場所に進出して、資源をむさぼり、高度な科学を発展させて、地球上のエコシステムに影響を与えるまでになりながら、宇宙空間へも進出していくようになるというヤツですね。
本書は、まさに「欲望」・「飢餓感」というのが命の本質なのです!というテーマをハードなSFで紡いでいる感じがします。
「みずは」の過食症というのがこの事を遠巻きながら暗示している感じがするのですが、結果として、主人公の人工衛星は、暇つぶしでいろいろ思考をめぐらせていくなかで、「飢えを知らない情報生命体D」という概念にたどり着くわけです。そいて太陽系を抜けて、未知の惑星や衛星などと遭遇しながら、そこで資源を採掘して、どんどんコピーを作って肥大化していく・・まさに命そのものみたいな進化をしてしまうんですね。
で、ここでポイントなのが、主人公の人格の元となった雨野くんは「みずは」のことを清算できずに思い悩んでいたという点。彼の人格の中には、過食症で、彼に対して極度な依存症だった「みずは」の記憶が刻まれている訳です。
どんどんコピーされて、肥大化されていく、飢えを知らないはずの情報生命体が、実は過食症な要素をもっていて、宇宙空間に存在する物質を取り込みながら宇宙を侵食していっていまう・・
的な展開も、スケールが大きくて面白いところかもしれません。
本作では、こんな結末を迎える人口知能たる主人公が最後に何を思い、どんな決断をするのかが気になる所です。
みずは無間 (ハヤカワ文庫JA)
発売日:2015/10/6
あらすじ(Amazonより):土星探査というミッションを終えた俺は、やがて太陽系を後にした―予期せぬ事故に対処するため無人探査機のAIに転写された雨野透の人格は、目的のない旅路に倦み、自らの機体改造と情報知性体の育成で暇を潰していた。夢とも記憶ともつかぬ透の意識に立ち現われるのは、地球に残してきた恋人みずはの姿だった。法事で帰省する透を責めるみずは、就活の失敗を正当化しようとするみずは、リバウンドを繰り返すみずは、そしてバイト先で憑かれたようにパンの耳を貪るみずは…あまりにも無益であまりにも切実な絶対零度の回想とともに悠久の銀河を彷徨う透が、みずはから逃れるために取った選択とは?第1回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。
しろ: 登場人物同士の人間関係ややり取りや生きざまを楽しむことが多いラノベや小説ですが、この作品は、広大な宇宙空間に放置された人工知能が基本ボッチな暇つぶしをしながら進化していってしまったらこうなった!というプロセスが、なにげに生命の真理というヤツをついている感じがする作品だったりする。
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