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サクラダリセット:「人の意識とな何か?」という哲学的な思想を綴るエピソードとプラトニックな主人公とヒロインの恋の行方のカギを握るのは意外な人物!?

この作品は、「リセット」という時間を三日間だけまきもどす少女、春埼美空(はるきみそら)と見聞きしたことを絶対忘れない能力を持つ浅井ケイ(あさいけい)の2人が力を合わせて、過去をやりなおし、現在を替え、人々の悲しみを取り除いていくという不可思議な異能の街サクラダを舞台に紡がれる物語がアニメ化されたもの。異能を通して、「自分は何者か?」という哲学的なテーマが常に根底にある感じで、楽曲、セリフのやり取りをはじめ、印象的でポエムな感じで仕立てられていて、優しい和みの境地を当たてくれる作品としていい感じにアニメになっていると思います。

 

 

哲学的な探求と、2人セットで機能する異能を持つ2人の恋の行方と、2年前に死んだ相馬菫(そうますみれ)の意外な事実に切なさは倍増する!?

特殊な異能が使えるサクラダという街。その街では、異能者の能力を使うことで、現実世界では本来ありあえない事が実現できてしまいます。そして、それは、現実世界で問われるような命の存在意義や倫理感、人の存在とは何か?という哲学的な思想への問いかけにもつながっていいくのですが、本作の各エピソードではそれを繰り返し確認していく作業を紡ぎながら、物語のキーとなる浅井ケイと春埼美空(はるきみそら)の関係と、2年前に死んだ相馬菫(そうますみれ)の死の真相、そしてサクラダという街を管理する管理局と、その街を維持するためのシステムとして犠牲となっている当初3人だけ存在した異能者に纏わる核心へと物語が展開していくのですが、ポエム超な浅井ケイと春埼美空(みそら)のやりとりを通して、印象的で、どこかノスタルジックな10代の郷愁を感じさせるBGMや風景が和みの境地を与えてくれるアニメって感じです。

(サクラダリセットこれまでのエピソード)

命を生み出す能力を持つ母親

死産してしまった娘を、能力で生み出してしまった母親。本来死んでしまった娘。自分の能力で作り出した娘は倫理的に愛してはいけないと娘から離れる母親。さてこの場合正しい解決方法というのはどういうものなんでしょう?

サクラダリセットでは、倫理観やルールよりも、今そこにある感情を優先させてみんなが幸せになる方法を選択する感じです。

「小さな子供がなくような事は正しくない」

という非常にシンプルな現実に目を向けているわけですね。

ルールに従い感情を捨てている春埼美空(はるきみそら)まるでプログラムで動くロボットや意思を持たないアンドロイドのような存在

「時間をリセットできる」という物事の原理から反する能力ゆえ、自分の意識をとじこめ、感情を殺している彼女を美しいと語る浅井ケイ。でも、そんな彼女の感情を持たせようとしている彼に、論理的な理由はともかく恋に落ちてしまう春埼美空(はるきみそら)。文学的な観点で永遠のテーマともいえそうな人を愛する..だとか..恋心とは何?というテーマを浅井に寄り添う春埼美空(はるきみそら)を通して考えされる感じ。

サクラダリセット風の幽霊とは何かという定義

「情報をもったまま死ぬ能力、それはつまり幽霊になる能力。」と浅井ケイは言っていますが、生きていること。死んでしまっていても生きていた時の情報を持っている存在と定義している感じです。

1話・2話のエピソード、死んでこのように居ないはずの命を想像した母親と、後に出てくるスワンプマンの本人の経験や経緯によって得られたものが知識であるという哲学的な問いかけにもつながる伏線が深いですね。

死んだ人間を生き返らせるという贖罪

様々な異能が発現し存在するサクラダ。そんなサクラダを管理している管理局。そして兄の死を能力を使わずに放置していた管理局を憎む少女。そんな問題を解決する依頼を管理局から依頼される浅井ケイ。でも、彼女がやろうとしていることは、浅井ケイが一人の少女、相馬薫を生き返らせようと管理局に取り入ろうとしていたことアプローチは違うのですが、やろうとしていることは同じなんですね。

人の贖罪とは何かという問いかけ

人は年齢を重ねると、いろいろな経験を経ることで、幼いころにもっていた綺麗な、純真な心というものをなくしていくみたいです。ビー玉にとじこもってしまう少女の綺麗な物ばかりさがして生きるのは多分利口な生き方でないという贖罪の意識。

校則はまもるべきものなのか、別いどうでもいいものなのか・・。

校則違反だと思っていた校内での飲食をする少女はなぜか涙が出てきます。思春期に10代の若者たちがぶつかりそうなテーマもちゃんとフォローしているところが良作という感じです。

人の未来を知る事ができる謎の魔女。

もうすぐ死ぬことを悟っている未来を見ることができる能力を有する壮年の女性。サクラダというシステムを監視する不思議な女性と会う浅井ケイと春埼美空(はるきみそら)

2人の未来を見るサクラダを監視する壮年の女性。サクラダに浅井ケイを呼び寄せ、そして彼に「ごめんなさい」と謝る彼女はもう自分の命は長くないとケイに打ち明けるのですが・・

浅井ケイだけに彼女が言った「ごめんなさい」という言葉は、原作でいうところの、問題のあるサクラダの街を能力が存在しない普通の街へと考えている管理局を立ち上げたとある男によって、彼の周りの人々の記憶がなかったことになる未来の事を言っているのかもしれません。

「街に能力が存在する本物の記憶」と「能力が消滅した偽物の記憶」。一度見聞きしたことを絶対に忘れない能力を持つ浅井ケイと同じ未来視の能力をもっていた2年前に死亡した相馬菫(そうますみれ)がこの物語の中でキーとなる人物となる設定だというのが分かる気がします。

マクガフィンという何の変哲もない石。「マクガフィンを手にしたものはサラダ中の能力を支配できるという噂」、そして自らを魔女という、少年の女性と春埼美空(はるきみそら)との女の子の恋の話について出てくる石ころの話、物語の展開はアニメでも、原作での感動の終盤に向けて着々と進んでいる感じです。

恋とはどんなことなのかという哲学

春埼美空(はるきみそらの)の理由なき片務的な恋愛観

分からなくても確信できることがあるというもの、相手の思考パターンに共感できるもの、それでも何も求めない、石ころでも恋した対象の魂が宿っていれば問題ない・・・。相手が心から望んでいるであれば問題ない。それでも自分から望むことは必要ないという片務的な関係性でも問題ないとする春埼美空(はるきみそら)の求めない恋愛感情というのは、まさに究極のきれいなものとして作中位置づけられているようです。

物語で出てくるスワンプ・マン(泥の男)の解釈

5話で春埼美空(はるきみそら)に浅井ケイが問いかけるスワンプマンの話。

実在する哲学者ドナルド・デイヴィットソンが考案した思考実験の話が出てきます。雷に打たれ死んでしまう男性が、そして近くの泥沼に落ちた雷で奇跡的な化学反応が起きて、原子レベルまで同室形状の生物が生まれるたらという話。

脳の状態も完全にコピーされている存在だとしたら、記憶も知識もまったく同じように見えるのですが、この哲学者の考えによると、本人の実際の経験や経緯によって得られたものこそが知識であり、まったく新しい存在としてただ記憶をコピーしたスワイプマンがもつものは知識ではないとする考え方。

「私が死んで、私とまったく同じ誰かが現れた時、ケイはどう思いますか?」

「悲しいよ、とても悲しい」

「では、そんな事実を知らなければよかったと思いますか?」

「いや、知りたくないとは思わない。」

「ありがとうございます。」

「なにが?」

「なんとなくです。」

「ケイの返答が嬉しかったのだと思います。」

春埼美空(はるきみそら)はなんとなくといっていますが、直観的に、ケイが記憶をコピーしただけの春埼美空(はるきみそら)だったとしたら悲しい。でも本人が死んだという事実はなかったことにして、目の前のコピーされた自分ににげようとはしないという真摯な彼の思考パターンが嬉しかったみたいなそんな深い感情みたいなものが見え隠れしているような感じがします。

2年前に死んだ未来視の能力を持つ相馬薫(そうますみれ)は写真の中から生き返る

物語の進行とともに、浅井ケイと春埼美空はお互いがかけがいの無い存在となっていくようになります。

そんな中でも、浅井ケイは2年前に死んでしまった中学三年生の少女、相馬薫(そうますみれ)を生き返らせるために、行動しているんですね。

#春埼美空(はるきみそら)と浅井ケイを引き合わせる相馬菫(そうますみれ)。彼女ははじめから、恋敵の春埼美空(はるきみそら)とは相性が悪いっていうのを知っています。

そして、浅井ケイに恋愛感情を抱く春埼美空も、相馬薫(そうますみれ)のことは「嫌いだ」と認識しながらも、ケイの望むこととして手助けしていきます。

#まだ感情が芽生えていないように見える春埼美空(はるきみそら)はこのシーンで2人の会話を耳して、ケイが春埼のリセットの能力を手に入れたいだけと勘違いして相馬薫にしってしていたんですね。

未来視の能力をもっている相馬薫(そうますみれ)は実は2代目魔女の候補だったりするのですが、彼女がなぜ2年前に死を選んだのか。ちょっとネタバレになりますが、彼女は浅井ケイが幸せになる未来を見て、その隣い自分がいないことを知ります。彼女は、これから起こる未来、浅井ケイが、春埼美空(はるきみそら)の想いに答え、告白する時を叶えるために、死をえらんだりする、なんとも切ない三角関係なラブストーリーなんかでもあるわけですね。

作中浅井ケイは、「皆が救われる方法を選ぶ」という事をよく言葉にしていますが、本作の終着点がどんな形ハッピーで感動するものになるのか気になりますよね。

本作では、サクラダの街のシステムの中で発言し、使うことができる能力もたらすいい側面と、負の側面が、本作のテーマになっていますが、物語の終盤は、管理局の幹部が、サクラダという街と世界を救うために、彼の母親である魔女と、能力者の記憶を消すことができる父2人に両親が犠牲になっているという事実、そしてそれが、2人が生まれ来た息子(幹部)のために選んだという重荷、やはり能力は消えるべきだという管理局の幹部と、彼らにより、能力の存在を打ち消され、2年間の記憶をなくされ、春埼美空(はるきみそら)に「あなたのことが記憶にありません。」と言われた空虚さを味わった能力を残したいとする浅井ケイとのイデオロギーどちらの選択が正しいか?という展開へ移っていきます。

第5話で伏線として登場した、能力を封じられている老人が見せた写真。

相馬薫は、最後に死ぬ前に移った写真から、ケイにより再び生き返る事になるのですが、先のスワイプマンの逸話にあるように、果たして、生き返った、彼女の記憶をもっている相馬薫(そうますみれ)は本当に相馬菫なのか?という問いかけも残るわけです。

春埼美空(はるきみそら)の問いかけと同じような問いかけを相馬薫(そうまかおる)も浅井ケイに最後になげかけるのですが、その答えに対し、ケイは「君はずっと前から相馬菫だった」と答え、「正解」と彼女から返事をもらいます。

浅井ケイのことが心から好きで、彼の幸せだけを願い、死までも選んだ相馬菫。浅井ケイに全幅の信頼を置き、彼にリセットの能力があるから隣にいられると、相馬薫と彼との屋上での会話をききつつも、浅井ケイに思いを寄せるそれまで感情をもたなかったアンドロイドののようだった春埼美空(はるきみそら)。

物語の冒頭で、浅井ケイは「自分の為に行う善は偽善だ。」といっていますが、春埼美空(はるきみそら)も相馬薫(そうまかおる)もアンドロイドのように何も望まない美空と、一度死んで、コピーされた存在になる相馬薫も冒頭の問いかけの伏線となっていることが物語の終盤で意味をもってくるんですね。

生きている人の存在とは何か?今ここにいる自分や、人の記憶や知識や経験とは何か?そんなデカルト的な哲学な問いかけの元に春埼美空(はるきみそら)、浅井ケイ(あさいけい)2人の登場人物と、未来視の能力をもつ相馬菫(そうますみれ)を通して、問いかける舞台が異能が発現し存在するサクラダという街という舞台。

そんな舞台で紡がれる人が他人をここまで思える!という優しさと感動の物語という原作がイイ感じで表現されているアニメの後半に期待ですね。

部長: 本当の心とはどういうの?という壮大なテーマを根底におきながら、異能という不思議な能力を使用することで、人間の本質を探究しつつ、実は切なくて、悲しいラブストーリーとしつつも、それでもみんながハッピーになるような結末を模索する、和みの境地を与えてくれる良作だと言えると思います。

posted by 部長 投票 3 0


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